疾中
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疾中

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ヨルシカの最新の「二人称」というアルバムの最後の曲は「千鳥」という。最初のセリフは

風がおもてで呼んでいる 呼んでいる さぁゆこう海を脱いで

といい、MVの主人公がある詩歌を持ち電車に乗っている。コメントからこのセリフと詩歌は宮沢賢治の詩の引用だというのを教えてもらった。歌の歌詞についてもっと知りたいから検索しに行った。

宮沢の著作たくさんあるらしいけど、疾中という本を見た。「疾中」というのは「しっちゅう」と読まれるかなと思うけど確かめられない。ほとんどの詩歌は疾病とかのテーマというわけで、本を書く時に闘病中だったようね。

古そうな文章で書いてあった(例えば「ている」の代わりに「てゐる」と言ふ)のでちょっと読みにくいけど「オオカミ」をやったことが覚悟をくれた。気に入ったのは

ひるすぎの三時となれば
わが疾める左の胸に
濁りたる赤き火ぞつき
やがて雨はげしくしきる
はじめは熱く暗くして
やがてまばゆきその雨の
杉と榊を洗ひつゝ
降りて夜明けに至るなれ

という詩歌だった。告白すると、他の詩歌より好きな理由はこれが分かりやすい(笑)でもリズムもメランコリックな雰囲気も好きよ。

読めない方には下記の説明が助けるかもしれない!

疾めるは本物の単語じゃないと思う。「やめる」と読み「病気になる」という意味がある。「疾」という漢字が「病」の意味があるけど「速い」との関連もあるの。病気になった時のように、心の鼓動が速そうのことを書くと思う。「矢」の部首は「病」の「丙」より痛みをうるかもしれない。

濁りたる。この「たる」は動詞を形容詞っぽくする方法なの。ここにある理由は分からないけど、リズムを揃うだけかもしれない。

赤き火ぞつきについては、「赤き」は「赤い」を意味する言葉。古い日本語で、この「き」は「く」の代わりに使われたらしい。この「ぞ」は語末につく強調を示す助詞らしい、でもちょっと分からない。最後に、この「つき」は普通の「付き」というもの。

洗ひつゝは、現代の日本語で書くと「洗いつつ」と書き換えようとしよう。「ゝ」は繰り返し符号というもので、漢字の繰り返すのを表す時に「々」を使うものと同じく、ひらがなを繰り返すと「ゝ」を使うこともできる。でも非常にレアだから、詩歌とかにおけるだけで書いた方がいいね。

スコットランドのもっとも有名な詩人のロバート・バーンズは「スコット語」という言語で書いていた。スコット語の見た目は英語に見えるけれども詳しく見ると文法も語彙も別の言語ほど違う。小学校の頃、毎年バーンズ・ナイトというお祭りのために、バーンズの詩歌をそら覚えさせられたことをしっかり思い出す。大嫌いだったわ!高校の頃、シェークスピアのポエトリーやお芝居を読んだ。「モダーンな英語」で書いたと言われても、現代の読者が読めるようにマージンにある翻訳が必要だというわけで、本当にモダーンというものなの?なんで普通の詩歌を読まなかったかは、分からない。結果は、私と詩歌が仲良くしたことがない。といっても、この詩歌は好きだわ。

宮沢賢治の作品の、「風がおもてで呼んでゐる」を含む「疾中」という本がこちらで無料読める。

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