何かを蹴るか、渡すか、それとも何もしなくて救われるか
Japanese

何かを蹴るか、渡すか、それとも何もしなくて救われるか

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linguistics

この前ポーランド語と英語とドイツ語の面白い慣用表現の違いに気づきましたよ。それは「死ぬ」の口語の言い換えの違いです。

ポーランド語では「kopnąć w kalendarz」(カレンダーを蹴る)という滑稽な言い方がありますが、その語源については何も見つけませんでした。亡くなった人はカレンダーがもういらないので、ぶっ潰してもいいでしょと思ってカレンダーを蹴ると想像した人が昔々いて、そういう表現を作ったのかなって、自分がたった今勝手に考え出した説なんですw

英語なら「kick the bucket」(バケツを蹴る)ですね。また何かを蹴るというパターン。その表現の語源についての情報を見つけるのが逆に簡単すぎました。「kopnąć w kalendarz」について調べようとした時に、それを見つけたんですw。まぁ首をくくることですね、自明だと思うから、次の表現に進みたいと思います。

ドイツ語には、「den Löffel abgeben」(匙を渡す)という言い方がありますよ。結構おかしいですね。調べた限り、「den Löffel abgeben」は中世にさかのぼりますよ。匙は生きるのに肝心なものと考えられたので、それを渡すことが「もう生きる権利がないよ」と思うことと同然だったそうです。そういう歴史的な文化に関わる語源が大好きです!

もちろん、この三つの言語では死ぬことを表す慣用表現がもっとありますが、今回それらは特に気になりました。

もうちょっと時間を取って日本語の「お陀仏(おだぶつ)になる」ということわざを見つけました。その表現は「失敗して、ダメになる」という意味でも使われています。そして仏教に根ざして、「南無阿弥陀仏」と亡くなった人に念仏を唱えることか極楽浄土に救ってくれる阿弥陀仏のことだそうです。漢字が少し複雑で、怖いですw。「南」、「無」、「仏」という3字しか知りません。調べてまで、「お陀仏」という言葉を聞いたことも見たこともないんだけど、やっぱり使われている言い方のかな?使われているとしても、前に紹介した慣用表現と逆にあんまり滑稽な言い方なさそうです。日本人がについて冗談を言わないということも聞いたこともありますが、そうだったら、筋が通りますね。

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