言語学か文学関係の用語なら大体ドイツ語の用語だけわかるから「Intertextualität」が日本語でどう訳されているかを調べなきゃいけなかった(ドイツ語の用語が英語のと同じだという場合が結構あるけど時々英語のも調べなきゃいけないw)。調べてみたら「間テクスト性」か「テクスト間相互関連性」という言葉が見つかった。ようするに「間テクスト性」とはテキストに他のテキストの変形された断片が現れたり、著者が他のテキストを参照したりすることだよ。
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この前の投稿で言った通り今太宰治の「人間失格」を読んでいる途中で、日本語が100パーセント理解できなくても全体的な意味がつかめる。でも時々びっくりさせられるぐらい見知らぬことが出てきたりして、本当の究明がしたくなっちゃうこともある。将来は日本語からポーランド語への文学翻訳を仕事にしたらどうかなって思うからそういうスキルも結構役に立ちそうね。
「人間失格」に主人公が酔っぱらってしまって歌っている句があるんだ:
「お前のせいだ。吸い取られたんだ。水の流れと、人の身はあサ。何をくよくよ川端やなあぎいサ」
そして少ししたら:
「酒なら飲むがね。水の流れと、人の身はあサ。人の流れと、いや、水の流れえと、水の身はあサ」
太宰治が川端康成に憧れたと聞いたことがあるけど、なんでここで急に出てくるの?それに一体その「サ」?って何だろうと慌てた(笑)。調べてみるとこれはまさに間テクスト性の例だそうだ。
自分の理解が正しければ、それは宝井其角の俳句の
「年の瀬や水の流れと人の身は」
と、坂本龍馬の都々逸の
「何をくよくよ川端柳 水の流れを見て暮らす」
という二つの詩を組み合わせたものらしい。詩を読む派ではないから解釈できないけど、面白いよね!
そしてその「サ」のことだけど、前にの方言の言葉がでてきたから何かの方言の特徴かな。それとも標準語の助詞の「さ」かな。北海道弁では「さ」を結構つけるそうだと見つけたけど。でも意味は標準語と同じようで、究明がここで終わらせてもらおうと思う。間テクスト性があると、作品がもっと面白くなるよね。インターネットの検索もできて助かるw
母国語ですが、そんな言葉聞いたことがありませんでした。すごい、研究熱心ですね。感心させられます。すごいね!
@yumiyumayume さん、外国語に対して子供っぽい好奇心があるからそういう風なことを見つけると研究したくなってしまいますねw。ポーランド語の本を読んだらそんなに研究はしたくならないでしょう。
「サ」は
間投助詞終助詞の「サ」でしょうね。東京近辺ではこの「サ」を使う人は減ってきていると感じますが、北海道に限らず、文節の最後に「サ」をつける地域はいろいろあると思います。沖縄の人は「サー」と伸ばすし、抑揚も独特です。『人間失格』のこのシーンの場合は歌の調子を合わせるのに「やなぎ」を「やあなあぎい」と伸ばしたり、「サ」をつけたりしたんでしょう。
「サ」を使う人は減ってるとはわかりませんでした。動画とかをたくさん観ていて、「サ」をつけることが少し若者みたいな感じがすると思いました。@Akiko さん、母国人にそう聞こえるのでしょうか?
英語の you know みたいな感じのフィラーとしての「サ」はたしかに今もけっこう使われてる気がします。カジュアルな感じがあるし、もしかしたら若い人の方が使うかもしれません。
ただ文末に「サ」をつけるタイプの喋り方は、東京ではちょっとフィクションぽいというか、歌詞や映画、アニメに出てくるキャラクターの喋り方だと思います。フィクションではおじいさん(特に知識を持ってる長老とか博士)は「〜ジャ」で文を終えますが、それと対になるかたちで、若者(男性)は「〜サ」というものである、という感じですね。いろんな「サ」があるので一概には言えないですが、そんな感じです。
フィラーとしての「サ」が間投助詞、文末の「サ」は終助詞という分類になるらしいので、一つ前のコメントを直しました。
あ、そうですね。@Akiko さん、詳しいで説明をしてくれてありがとうございます!助詞はやっぱり思ったよりも複雑だな、簡単だとは思ったわけではありませんけど。時間があったらそれについてもっと読もうと思います。