言語学は「道」なのか?
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言語学は「道」なのか?

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最近日本の映画を数本見て、どれの中には「道」の興味深い話がありました。茶道とか、書道とか、そして、湯道についても勉強になりました。日本文化では「道」は他人を憧れさせる腕だけではなくて、自らの性格を変える活躍です。例えば、書道では筆を動かす方法を練習して、落ち着いて、集中を練習します。その練習の結果、考え方も、個人的な仕方も、目的や使命もはっきりになります。

私はお茶を作るのも、筆で漢字を書くのも、温泉に入るのも好きですが、それらを道ほど練習していません。色々のスポーツもたましたけれども、活躍ほどしませんでした。では、何の「道」を歩いているでしょうと考えてみました。よく考えて、「言語学だよ」と意識してしまいました。

なぜなら言語学は道だとそんなに遅く気づいたのは、仕事だったんだからです。約20年間英語の教師をして、ひまの時間でたくさんの活動を試しました。試すのは、 自らの仕事をほったらかしてしまったほどです。例えばカンフの腕を上達してみました。性格の発達はあっても、なかなかうまくはなりませんでした。気功も、劇団も同じ経験がしました。

数年前に、YouTubeで言語学についてのビデオを見ながら、それが道だとは気づきました。私の学生さんの問題をしっかりと観察して、自信が少ないとか、違う考え方を受け入れられないとか、練習時間を管理できないのは全て問題だと気づきました。つまり、教師は文法と単語を説明より、自信を強めるのと、オープンな考え方を育てるのと、時間を管理する方法を伝えるのは重要だと思うようになりました。

それで、私はどうやってその三つをうまくするようになったのでしょうかを考えてみて、その三つは言語学の道だと気づきました。私は母語話者ではなないので、100%完璧に話せるのは無理なのに、学ぶ外国語の文化と人が好きで、ずっと頑張ります。外国文化と言語は登れない山みたいなのに、登ることこそ「道」でしょうかな。

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