私たちの庭には、さくらんぼの木があります。約30年前お祖父と一緒に植えたので、ずいぶん大きくて、丈夫な木になりました。毎年4月にきれいな花が咲いていて、6月の上旬までに赤く実ったさくらんぼを収穫することができます。
土地も祖父母から相続したのですが、さくらんぼこそ本物の相続ですね、とよく考えています。祖父がいた時には、毎年いろいろ植えたり、世話をしたり、家族そろって収穫したり、一部市場で売ったり、残りをジャムにしたりしました。祖父さんは農家の出なので、何も無駄にならないといけない / 何でも無駄にしてしまってはもったいない といつも言っていたようです。当時子供だった私は、厳しくて、面倒臭いなと、時々思いました。
なのに、庭が好きになって、祖父が亡くなった後、私は世話をし始めました。たくさん祖父の物を処分しても、一番古い木々、特にその桜は生かしておくことにしました。楽しいことに、子どもの頃祖父が働くのを見ていると、「魔法みたいな腕だな」とよく思って、今の私は、祖父ほど上手く世話をできていないのに、同様に働いています。
働いていると、祖父母のことはがよく思い浮かび、「私のが受け継いだのは土地だけじゃないね」と私の心の中で祖父に話しかけます。「土の世話をすることも、何かが育つという希望も、何も無駄になるものはないというルールも、全部相続」と祖父は答えるかもしれません / 祖父が答えている気がします。
ですから、この6月にも、夜21時なのに、採ったさくらんぼの5キロの種をとりながら、「祖父や祖母あさんみのように頑張る人になったなぁ」としみじみと考えます。どんな困難に出会っても、この二人は乗り切っただろう人達で、庭を私のために残してくれて、本当に感謝しています。夜の仕事も時々あるけれど、感謝の気持ち一杯です。
大きなサクランボのなる木があるのはとっても羨ましいです。我が家にも今年2年目のサクランボのなる木がありますが、まだまだ若く実をつけるのは先です。
私は努力は報われると思うので、努力しない人生は考えられません。お互い、精一杯人生を生きたいですね。それが私達の使命だと思います。
そして、人の好意に感謝するというのは、とても大切な事です。人としての品位が見えますね。
とてもよく書けてますが、もうちょっと、一文一文を短くしてもいいかな、と思います。たとえば私だったら、
は二文に分けると思います。これだと「楽しいことに」がどこにかかっているのかも分かりにくい感じです。実際、「楽しいことに」はどこにかけているのでしょうか? 英語で書くとどうなりますか?
添削してくれて、ありがとう。本当に助かりました。
@yumiyumayumeさんのサクランボも丈夫になって、実をつけるように願っています。私も使命が全然必要だと思います。祖父は同様に思って、私のために木を植えて、今感謝の気持ちを持って収穫できます。そして、今、息子が生まれたばかりなので、私の番です。彼のためにどうやったらいいかなとよく考えています。
@Akikoさん、作文をうまくするアイデア、ありがとう。編集してみますよ。「楽しいことに、面白いことに」という表現は日本語で分かりにくいんですか。変な感じがしますか。英語では文を「Funnily, / Interestingly,」で始めるのはいいアイデアです。なぜなら作家の気持ちを伝えるからです。私はその言い方を誰かの日本人から聞いて、OKだと思っていました。
日本語でも「おもしろいことに」はよく見る表現なのですが、「楽しいことに」はそれほど一般的ではないです。Funnily, / Interestingly,は両方、「おもしろいことに」がぴったりくる訳です。
それが、私がこの文章が分かりにくいと感じたひとつ目の理由です。もうひとつの理由は、たぶんこのFunnily, / Interestingly,は、「同様に働いています。」を修飾する副詞だとおもいますが、「楽しいことに」と「同様に働いています。」が離れすぎていて、それが直感的じゃない、ということなんです。
私の理解があっていれば、英語だとたぶん、 Funnily, I'm working like him ... と始める文章ですよね? つまり英語なら、副詞で始めた文章が長くても、それが直接かかる動詞と非常に近いので自然だと感じます。でも日本語だと、副詞で文章を始めるなら、それが短い文章でないと、分かりにくいと感じるのです。
もちろん日本語でも、ひとつの文章を長く続ける書き方はありますが、その場合、かなり英語とは(たぶんハンガリー語とも)違う構造になり、翻訳が難しくなります。
I hope this makes sense.
@Akiko さん、教えてくれて、ありがとう。その英語と日本語の違いをまだ気づきませんでした。では、文章を短くします。