ギタリストのフランク
Japanese

ギタリストのフランク

by

health

(英語版・English version https://journaly.com/post/51733

この物語の舞台は、四月の上旬の火曜日だ。その夕方、友だちとボドゲで遊んでいた。テーブルに五人がいて、二人は、名前しか知らない。ホストとした他の二人は少し知っている。世間話が苦手だし、他人のことについてあれこれ聞きたださないわけで、友だちのほとんどとあまり親しんでいない。ゲームも夕方のことも少し関係ないが、ホストが「…結局『飛ぶ』という教えかな」と言った。文章の残りはなんか出てこないが、その「飛ぶ」という言葉が沈黙の中で響き漂っていた。私がさきに自殺のジョークを飛ばしていた(英語の表現通り「笑わなければ泣いちゃう」(If you don't laugh you'll cry)ね)ところが、彼の言い方を話す前に考えなかったのか、もしかして隠喩に気がつかなかったか、あるいは結局ただのジョークだと思いこんでいたのかも。私は苦笑して、誰もが何も言わなかった。もしかして私にしか聞こえなかったのかもしれない。

夜に家に帰った。メールをチェックすることをグズグズ引き延ばしていたけどようやく、おそるおそる受信トレイを確認した。先に述べた支払いが来た。予想通り払えなかった。どうすればいいかは、分からなかった。靴を履いて夜に出かけた。

日中が蒸し暑かった(20℃、90%の湿度)けど夕暮れに雨が降りそうだったし、夜は涼しかった。私は腕時計をする派でも時間をチェックしがち派でもないけど推定午後11時すぎだった。目的地もなく歩いた間、普通の景色を通って、近くの橋に着いた。そのレーリングに立ったまま、建物を映す水面に見入り考えた。この高さ、本当に死ねるのか?いくつかの、さまざまな南京錠がレーリングにかけられており、それぞれうつ病に命を盗まれたことを表している。「川のように暮らせ、未来に集中しようぜ!」という弱々しく励ましてみるようなメッセージが乱れ書いてあった。その右側には、サマリタンズの電話番号があった。

日本ではサマリタンズは存在しないと思うのでちょっと説明すると、無料の自殺対策電話サービスだ。聖書には「善良なサマリタン」というジーザスの語った古い寓話がある。砂漠を通ってゆく男が、暴漢に襲われ死にかけて捨てられ残されたところで、国民や貴族にも、僧にさえ無視されるだけだったが、ついに男の国の敵のサマリタンに見つかり、近くの休憩所に運んでくれた。教訓は絶対的な隣人愛で、「隣人」というのは誰も含めているよ。現代ではサマリタンとは他の人を見返りなしに助ける恩人だというものになった。

そこで三十分ほど立っており、真っ黒い水が足下で渦巻いていた。涙がこみ上げていたでも目が霞むぐらい泣けなかった。サマリタンズとつなげる欲求も、飛ぶ勇気も、たまらなさそうなので諦め夜の中へ歩き出した。

その瞬間、なにか聞こえてきた。ギター?午後11時に、公開でギターを弾く人がいるみたいだった。演奏は別に上手ではなかったが純粋で、微笑みかけずにはいられなかった。家の近くには博物館があり、その外では広場ーー実際はコンクリートで舗装されている、ベンチやスケートパークのエリアーーがある。父と息子はバスケで遊んでおり、こいつはギターを弾いていた。ベンチから雨水を拭いて座って、目を瞑った。瞑想を試みたことがあるけれどいつも上手く行かなかった。みえるもののいつつ……理由を探っていたでもこういう場所では見当たるかどうかは分からなかった。生き続けようという理由を。

時間が経った。急に思いつく。これは、私が死ぬ夜。その思いと向かい合って無力だと感じた。泣いた。人前で本気で泣いたことはなかった。背中を丸め眼鏡をとり、手のひらに顔をうずめ、こらえずに嗚咽した。プレッシャーが溜まったところで、ついに誰かがリリースバルブを捻ったような優しい気持ちだった。

ギターの音楽はとまった。足音が近づいていた。

「あいつらを待ってるかい」と、ギタリストが言い、バスケで遊ぶ二人に指さした。フラットキャップから覗いた白髪があり、もじゃもじゃなヒゲに、目を明らかに大きくするほど分厚いメガネをかけていた。歩き方はちょっとふらふらしていたので、酔っ払っているようだった、でも言葉つきは掠れていなかった。

「いえ」と言い返した。私の声がしっかりしていることに、自分で驚いた。街灯の灯りで頬が光っているのが確かだけど拭いたくは、なかった。

「じゃ、ギターを聞いてたんだね」

「うん」

「先週の嵐って知っているか」と彼が訊いた。私は知っていると応答した。先週には強い嵐があった。昨年のÈowyn(エオウィン)の強さに比べると弱いにしても近くの木々を倒してしまった。「乾いた場所ってここしかないんだよ」

博物館の屋根は、小さな上がったエリアをおおっていた。

「舞台みたいね」私が言った。

「ん、これとってくれ」と言いベイビーベルを手渡してくれた。

ベイビーベル!普段、ワクスで包まれる、子どもの学校の弁当に入る小さなチーズの塊。二十年ぶりに見た。未だに存在しているとは知らなかった。

この過去からのレリックを見入った間に、ギタリストが舞台へ歩いた。

でも舞台に達するまえに、少し振り返り「弾(ひ)けんのか?」と言った。

「ううん」

「気持ちいいよ」と言い、歩き続けた。

やっぱりやったことは分からない、こいつ、と考えたけど、途端もちろん嘘だと分かっていた。人生を助けてもらった。多分彼も分かっている。話し合わなければその夜に死んだとは本当に信じている。私のための最も優しいことだ。ベンチに座ったままで、圧倒され人前ですすり泣いたのは、その夜でも人生でも二回目だった。今回来なくても広場の向こうから「フランクだ」と、ギタリストが叫んだ。

「エイミー」と言い返した。

私は、落ち着いて、ギターをしばらく聴いた。曲の知識もメロもなかった、コードだけだったけど、夜の雰囲気に似合いそうだった。やっと立った。動けたくなった。フランクの左を通り過ぎて、なんとか言いたかったけど言葉が見つらなくて迷って、ありがとうとは、相応しい恩返しはなさそうだった。代わりに彼は「お休みね」と言って、私が「…すみ…」と呟いて歩き続けた。彼の視界を通り過ぎてから、もっと自分に泣かせた。

最近、スコットランドでは自殺の疫病が流行りそうだ。政府からの「こんにちはは足りています」とかなんとかいう広告はたくさんある。そういう小さな心遣いが人生を助けられるのは、信じられなかった。でも今は、その力に動かされたことがある。そんな必要がないことを願うけど誰かのフランクになりたい。いつか絶対になる。

3