僕の日本語との歩み
Japanese

僕の日本語との歩み

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language learning

パート1:青春

80年代のアメリカにおける日本文化との関係は、だいたい空手と忍者の国というイメージでした。やっぱり少年だった僕にとって忍者や武道はすごくかっこよくて面白かったです。弟とよく忍者ごっこをしました。その頃、日本に関するメディアで漢字を見るたびに、すごく感動しました。「うわ〜、こんな複雑な文字に意味があるのか」と思いました。

ある日、何カ国語もできるキャラクターが出てくるテレビ番組を見ました。「うお、格好いい!」と思い、その真似しようと図書館の言語コーナーへ行きました。どの言語で始めようかと考えたとき、あの漢字を見たときの感動を思い出し、日本語の本をチェックアウトしました。

結局、何カ国語も話せるようにはなりませんでした。日本語に夢中になって、完全に恋に落ちてしまったからです。

パート2:伝道

このパートはちょっと話しづらいです。なぜなら、今ではもう信じていない宗教のための日本への伝道について話すからです。その宗教はモルモン教です。モルモン教では世界中に伝道に行く19歳の青年がたくさんいます。僕はその宣教師の一人でした。召されるところが選べませんが、ちょっと日本語を勉強していた僕は日本に召されました。すごく、すっっごく興奮しました。

モルモン教の伝道の準備のために2ヶ月間の専門合宿のようなものがあります。毎日、言語の勉強をします。できるだけ習っている言語で話します。それから、行くところに送られて、パートナーと組まされて、一緒に暮らして、毎日人と話しかけて、改宗させようとします。

今ではもう信じない宗教に改宗させようとしていた自分に対して複雑な気持ちがありますが、伝道は非常に効果的な言語を学ぶ方法でした。毎日、毎日、上手にできなくても、怖くても、人と話さなければならないからです。

伝道や宗教のことはさておき、日本にいるのは本当に素晴らしかったです。魅力的な国です。

モルモン教の伝道は二年間の間です。二年後、帰国しました。日本や日本語への憧れはますます強くなったから、絶対に戻ると決心しました。

パート3:それが人生

日本から帰国して、大学に通い、アメリカでの生活に流されるうちに、日本や日本語のことを考えることがだんだん少なくなってしまいました。20年間、結婚して、子供育って、仕事して、日々の生活を送っていました。日本への愛は僕の中にいつもありましたが、それほど大きなものではありませんでした。それに、育ってきた宗教を信じなくなっていって、日本の伝道の思い出は複雑な色に染まるようになってしまいました。

パート4:復活

その間に、日本への興味が再び浮かび上がることが時々はありました。そのときにアニメやドラマを見たり、漫画を読んだりして、楽しく日本語を勉強しました。日本語はまた僕の多くの趣味の中の一つになりました。夢中になったり、ならなかったりしました。

しかし、3年前の夏に家族旅行の途中で、すごく美味しい日本料理のレストランに行きました。美味しいうどんを食べて、J-POPのBGMを聞いて、一杯の酒の温かい酔いに包まれて再び日本に恋に落ちてしまいました。すごく。

あれから、また日本語をもっと熱心に勉強し始めました。家族と日本に行く予定があります。家族に僕のような日本への愛を植え付けたいのです。

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